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2011年10月19日 (水)

中国の書道

私は96年の9月から99年の3月まで北京師範大学に留学していました。

大学では「中国語センター」と言うところで中国語のみを勉強していたので、書道も、他のことも特別勉強しませんでした。
今はその事をすごく後悔していますよ~。2年半も中国に居られる機会なんて一生にもう二度とないのは判っていたのに。もっと貪欲に学べば良かったよcrying

でも、当時既に私の師匠は書道教室をやめていて、私も書道から離れていたし、私は中国語をマスターしてそれを武器に就職するつもりでいたので、再び書道に戻るとは思っていなかったのですね。
しかも、私は一旦書道を始めると、雀がちゅんちゅん鳴くまで朝が来たのも気付かずに書道に没頭してしまうほど、書道が好きだったので、むしろ勉強の妨げになる、と避けていたのでした。

瑠璃廠(ルリチャン)という骨董街に行って、書道道具や本を見たり買ったりするのは好きでした。篆刻の道具や本もそこで買ったのでした。

Lulichang

瑠璃廠の骨董品屋さん。後ろ姿はクラスメイト(日本人)。

Lulichang_2

たまに掘り出し物もあるんでしょうが、高くて買えないよ。

Lulichang_hefan

瑠璃廠の道端で買ったお弁当。ふたに乗ってる茶色の紙に包んであるのは「煎餅」というクレープのようなものです。中は卵とニラと日本でいう天かすみたいなものが入ってます。味はピリ辛でとっても美味しい。おやつにぴったり。

96年の9月2日に北京へ渡ったので、留学してすぐの頃の写真です。

今は北京もすっかり変わってしまっているのでしょうねぇ。
オリンピックの時、マラソンの中継を見てびっくりしました。私の知っている雑然とした汚い、でも歴史が地層のように重なって混沌とした雰囲気を持った「魔都」ではなくなって、すっかり明るい近代都市になっていましたよcatfacesweat02

さて、書道の話に戻りますが、それでもある日一度だけ課外授業でやっている留学生の書道クラスに参加したことがありました。
教室に入ると、日本人や韓国人はちらほらと見受けられる程度。その他は全員西洋人の皆さまでしたよ。それも座る席がないくらい人気のクラスでした。

留学生と一口に言っても、「中国語センター」に来ているのは、これから中国の大学を目指す高校を出たばっかりの若い子から、大学途中で留学して来ている学生(この人たちが人数的には一番多いですね)、企業から中国語をマスターするために派遣されて来ている人、仕事を辞めて来てる人、研究者などなど、西洋人も東洋人も様々な人がいました。
中国は当時(今もかな?)中国語センターに留学出来るのは45歳まで、としていたので、45歳以下だったら本当にいろんな人達がいたのです。

書道のクラスもやはりそういう感じ(笑)。そして西洋人の皆様は多分筆を持ったのはおろか、見たのも初めてな感じで興味深そうにしていましたよ。

そう言えば、筆で字を書くのは東洋の文化ですねぇflair。西洋で筆で字を書くのは、画家が絵にサインをする時くらいかな?

教室では、先生が「まずは好きな漢字を自由に書いてみて下さい」と言ったので、当時既に行書は準師範だった私は、「風」とでっかく行書で書きました。何故「風」か? 得意な字だったからです(笑)。

よんごひんご(鹿児島弁か?)の字を書いていた西洋人の皆様は、私の字を見て「Oh~eyesign03」と言い、内心ちょっと得意な私(←馬鹿happy02sweat01) 
先生が私の所へやって来て、「あなたはかなり書道をやっていますね」と言いました。

それから、どういう経緯かすっかり忘れてしまいましたが、そのクラスの後、私は先生と先生の手伝いで来ていた中国人の女子学生と一緒に先生の研究室に行きました。

先生は私に「日本ではどういう風に書道を学んでいるのですか?」と聞きました。私が「先生に付いて学んでいます」と言うと、先生は「中国では先生に付いて学ぶのは最初のうちだけです。私達は古典を先生として学びます。先生に付いて学んでも、あなたは先生を超えることは出来ないでしょう? 古典に付いて学べば、あなたはどこまでも伸びて行くことができるのですよ」と言いました。

「あ~、そうなんですねぇ」と、話の内容がピンと来なかった当時の私は答えましたが、今の私は、この先生が書道を学ぶ上での核心を教えて下さったことが解ります。そして今もこの言葉を覚えていて良かった、と思います。

「古典に付いて学べば、私はどこまでも伸びて行くことが出来る。」
本当に本当に大切なことです。胸に深く刻んでおくべき言葉です。

先生の研究室のことは、この話をしたこと以外何も覚えていません。その会話だけが、切り取られた場面のように、一枚の写真のように、はっきりと頭に浮かびますが、前後のことは一切何一つ覚えていません。先生の研究室が大学の敷地のどの辺りにあるどの建物の何階だったかも覚えていません。不思議ですねぇ。

結局、西洋人相手になりそうな書道クラスはその回限りで辞めてしまいました。
私はその後勉強に没頭し、1年半で大学入学を許されるレベルになることが出来ました。

ところで、北京師範大学には当時、啓功と言う有名な書道の教授がいらっしゃって、師範大の校訓や私の住んでいた「新松公寓」(「公寓」=マンションの意味。マンションではなかったですが…)という留学生寮のサインなどいたるところで啓功先生の文字を目にしました。

北京の街中でも、企業のロゴや建物の名前を記した看板などに啓功先生の字が多く見られました。家庭教師をしてもらっていた友達の中国人の学生は「到処都有wink」(いたるところにあるよ)と言っていました。

Photo

2

Google Earthで新松の建物をはっきりと見ることが出来ました。感激しました(笑)。

1

後で知ったのですが、啓功先生は実は中国でとても有名な書家で、中国書法家協会名誉主席でもいらしたのですねぇ。姓は「愛新覚羅」であの溥儀の一族の方だそうですが、それを嫌ってただ啓功と名乗っていらしたらしいです。

啓功先生の字は、作為がなく、欲がなく、あっさりとしていて洒脱さと気品があり、私はとても好きです。その先生も、2005年に92歳で亡くなったそうです。

もう一度中国に行く機会があったら、中国の書を学びたいなぁ。

でも、にゃんこ3姉弟がいるので、あと15年くらいは旅行は無理かな。
私以外にはなつかない子が2人もいるので、他の人に任せて出かけることも出来ませんよ。まぁ、それを覚悟で引き取ったし、幸福もいっぱいもらっているので、いいんだけど~happy01shinecatcatcatshine

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「北京師範大学」のロゴも啓功先生の字かしら? 

判らないけど、この字も好きだな…

ちなみに中国語で「書道」は日本でもよく使われる「書法」です。

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コメント

初めまして。
私は昨年から書道を始めました。
今月で1年、やっと1級にしてもらい入門コースを卒業です。
来月からもステップアップしていこうと思っています。
小林屋さんのように中国まで留学されている方とは雲泥の差ですが
めっちゃ楽しいです。
石川九楊「一日一書」がお気に入りで、毎日いろんな書をみて楽しんでいます。

篆刻もしてみたいです。
もうちょっと近かったら通いたいくらいです。
鹿児島⇔大阪はちょっと遠いですねhappy01
ブログ更新楽しみにしています。

きらきら☆きよみ様

初めまして。ようこそいらっしゃいました。
書道を始めて1年目だそうですが、楽しくてたまらないのなら才能ありますね~winkgood
楽しいのが一番の才能だと私は思いますよ。
これからもますます頑張って下さいね。
書道好きな人が増えるのはとっても嬉しいことです。

石川九楊って知らなかった。不勉強で恥ずかしい。
文庫本なんですね。私も買って読んでみます。

篆刻も楽しいですよ~。機会があったら是非。

ブログは毎月25日前は更新が滞ると思いますが、ぼちぼち更新していますので
また覗いてみて下さいねhappy01paper

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